「自分はもう年だから新しいことは覚えられない・・・」
なんて思ったことはありませんか?
リカレント教育や学び直しに興味をもったけれど、年齢を理由に学ぶのを躊躇(ちゅうちょ)しているなら、考え方をあらためましょう。
「もう若いころの様には記憶できない・・・」
という思い込みが、記憶力に悪影響をあたえるからです。
それに、加齢によって記憶力は下がりませんし、人の記憶力は個人によってほとんど差がありません。
ひとは歳をかさねてもどんどん新しいことを覚えられるのです。
この記事では、加齢と記憶力低下は無関係であることを研究や学者の意見等を紹介しながら説明します。
人の記憶力は歳をとっても衰えない
記憶力とは不思議なものです。
記憶力が良い人もいれば悪い人もいる。
好きなことは忘れないけど、興味がないことはすぐ忘れる。
ひとは生活のなかで学んだ知識や経験を記憶できないと、ふつうの生活をおくれません。
認知症がかなり進んでしまうと、ひとりで生活するのは難しくなります。
脳や記憶には解明されていない部分がまだまだあります。
それでも、脳科学の進歩や認知症の医学的な研究などによって、記憶の仕組みがすこしづつ明らかになっています。
さまざまな研究で、人の記憶力低下と加齢は関係ないという証拠が増えているので紹介します。
記憶力は「思い込み」で下がる
アメリカにあるタフツ大学のアヤナ・トーマス博士が2011年に記憶力にかんする実験をおこないました[1]Psychological Science :Reducing the Burden of Stereotype Threat Eliminates Age Differences in Memory Distortion。
この実験は
- 18~22歳の人
- 60~74歳の人
を64人づつ集めて
- リストAを見て、なかに書かれている単語を覚える
- 最初とは異なるリスト(リストB)を見て、その中に最初のリストに含まれていた単語があったかどうかを判断する
というものです。
かんたんな記憶力テストですね。
テストの結果を見てみましょう。
- 18~22歳の人:正解率は48%
- 60~74歳の人:正解率は29%
若い人の方が20%ちかく正解率が高いです。
「加齢で記憶力は衰えるじゃないか」
と怒る人がいるかもしれませんが、このテストは実験の対象者に
- これは記憶力のテスト
- ふつう、記憶力のテストでは高齢の方が点数は悪くなる
と伝えたときの結果です。
テストを受けるまえにこんなことを言われたら、高齢の方は自信をなくしてしまいますよね。
「点数が低くて当たり前」
と思ってしまうかもしれません。
けれど、おなじ内容のテストを
「これは心理学の実験」
という情報とともに実施したとき、正解率は
- 18~22歳の人:正解率は51%
- 60~74歳の人:正解率は50%
となりました。
正解率は、どちらの年齢でもほぼ同じです。
実験からわかるのは、記憶力と加齢は関係ないということです。
そして
「高齢になると若いときよりも記憶力は下がる」
という思いこみが記憶力を下げている、ということがわかります。
脳は加齢では衰えない
「記憶力を強くする」などの脳科学(脳神経科学)にかんする著作で有名な東京大学の池谷裕二教授によると、脳の機能は加齢では衰えません。
「オランダの115歳で亡くなった女性の脳を解剖したところ、脳の機能がほとんど老化していないことがわかったのです。この実験結果から、脳の寿命(※)は120年くらいだろうと考えられるようになりました。例えば、脳梗塞は脳神経細胞の病気だと思われがちですが、血管が衰えることによって起こる病気。脳自体はとてもタフなんですよ。
池谷裕二さんはさらに、以下のようにも述べています。
円周率の記憶チャンピオンは日本人ですが、彼も50代でトレーニングを始めて、61歳で10万桁という世界記録を達成した。だから年を取ったら記憶力が衰えるというのは完全に幻想です。
人の記憶力は加齢では衰えない、この事実は40代をこえてから何かを学ぼうをする人のモチベーションを大いに刺激しますね。
なぜ歳をとると「昔よりも記憶力が落ちた」と感じる?
人は記憶力は加齢では衰えません。
けれど、年齢をかさねると仕事や生活のなかで
「記憶力が落ちたなあ・・・」
と感じることが増えます。
記憶力は落ちていないのに、落ちたように感じる。
なにやら矛盾しています。
記憶力が落ちたように感じる理由のひとつは前章で説明した
「思いこみ」
です。
ほかにも
「記憶力が落ちたのは歳のせい」
と思うのには理由があるので、説明します。
自分にとって興味がないことを学んでいる
ひとが学ぶ理由はさまざまです。
仕事のためにやむえず勉強する人もいるでしょう。
けれど、何かを効率よく学びたいなら興味があることを学ぶべきです。
ひとが何かを記憶するとき、脳が本質的に記憶しやすいのは
- 生存に関係がある
- 興味がある
などに該当する情報です。
だから
- どこに安くて美味しいお店がある(生存に関係がある)
- 好きな人に関する細かい情報(興味がある)
などは苦労せず記憶できるのです。
もし仕事などで勉強することが必要になった場合、できるだけ好きなことを学びましょう。
興味がないことを学ぶのは非効率的です。
興味がないことでも記憶しやすくする方法はあります。
勉強を始める前に、これから勉強する内容が
- 自分の生活や将来にどのような関連性があるか?
- 自分にとってそれを学ぶことにどのような価値があるか?
などを考えてみましょう。
これだけで、脳は学んだ情報を記憶しやすくなります。
年齢を重ねると何にでも慣れてきて刺激が減る
- 生存に関係がある
- 興味がある
などに該当する情報は記憶しやすいと説明しました。
これらに加えて「新しい情報」も脳は記憶しやすいです。
ひとは歳をとっても新しい情報にふれることができます。
しかし、知識や経験がふえると情報のなかからパターンのようなものを見つけやすくなります。
すると、新しい情報なのに過去に吸収した情報とおなじように感じてしまうのです。
情報に慣れてしまうのですね。
何にでも慣れてしまうと、記憶にとって大事な
「シータ波」
という脳波が出にくくなります。
シータ波について池谷裕二さんは、以下のように語っています。
私の研究している海馬は記憶をつくる所で「シータ波」という脳波を出す。これは興味がある時に出る脳波だ。シータ波が出ていない時より、出ている時の方が学習速度が速くなるという米国の研究結果がある。生きることに慣れてしまったことも、年を重ねて「記憶力が衰えた」ように感じる理由の一つ。シータ波を出すのは大事なことだ。
歳をとっても記憶力は下がりませんが、好奇心が減る傾向があるので、それが記憶に悪影響を与える恐れがあります。
睡眠不足によって記憶力が落ちる
睡眠は人にとって大事な行為です。
睡眠の効果は体を休めるだけではありません。
人はその日に入手した情報を、睡眠によって脳に定着させています。
なので、適切な睡眠はものごとを記憶するために必要です。
さらに、睡眠には記憶した情報にたいして
「インデックス(索引)」
をつける効果もあります。
記憶したものにインデックスがあれば、情報をより簡単に思い出しやすくなります[2]甲南大学:第1回 「睡眠と記憶について/基本的な睡眠とは」。
本棚にたとえると、ジャンルやカテゴリごとに適切に本を入れられるイメージです。
仕事や学習においてとても記憶力はとても重要です。
睡眠不足は、そんな記憶力に対して悪い影響があります。
日本人は睡眠時間が短いことで有名です。
経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の平均睡眠時間は世界でもトップクラスに短いです[3]東洋経済:日本が「睡眠不足大国」に転落した3つの事情。
もちろん、睡眠時間は個人によってかなりの差があります。
個人差はあるけれど、学生のときよりも睡眠時間が減っている人はとても多いはずです。
大人になってから記憶力が落ちた、と感じるのはシンプルに睡眠不足が原因かもしれません。
ストレスや脳疲労が増えた
イライラしているとき、本やメールが読みにくくなったりしませんか?
これは、ストレスによって脳の記憶力や思考力が低下しているからです[4]GIGAZINE:慢性的なストレスによるコルチゾールの増加が記憶力や思考力を低下させ脳の収縮まで引き起こす。
わりと自由にすごせた学生時代とくらべると、大人にはさまざまなストレスがあります。
「さいきん急に記憶力が落ちた」
と感じたらストレスによるものかもしれません。
ストレスが慢性的になると、うつ病などを起こすこともあるので警戒してください。
うつ病をわずらっている人には、記憶障害を併発している人もおおいです[5]ライフハッカー:「うつ」で記憶が低下してしまう? その理由とは。
記憶力低下を予防するためには、過度なストレスを避けた方がいいのです。
「自分にはストレスなんてない」
と思っている中高年も、身近にある意外なものに気をつけるべきです。
それは「スマホ」です。
スマホはとても便利な道具です。
けれど、どんなときでもスマホが気になったりしていませんか?
このような状態のひとは、知らずしらずのうちに脳疲労がたまっているかもしれません。
脳疲労がたまると記憶力は低下します[6]NHK:“スマホ脳過労” 記憶力や意欲が低下!?。
効率的に学びたいなら自分の体の心を定期的にチェックし、ストレスや疲労の状態の確認してください。
そして、しっかり休養をとることが大事です。
脳にある情報量がふえて情報を見つけにくくなっている
人の記憶力は衰えませんので、脳のなかに情報が増え続けます。
すると、脳のどこにどんな情報があるのかわかりにくくなります。
脳内の記憶を本屋にたとえましょう。
子供の脳は、個人が営むような小さな本屋があります。
小さな本屋なので、どこに何があるのか把握しやすいです。
だから特定の本を見つけやすいです。
この「本」が情報ですね。
大人の脳は超大型書店です。
ざっと見ただけでは、どこにどんな本があるのかわかりにくいです。
だから、特定の本を見つけるのに時間がかかったり、結局みつからなかったりします。
超大型書店でも、きれいに整理したり在庫をしっかり管理すれば本は見つかりやすくなります。
さきほど紹介した睡眠はこれらを促します。
睡眠以外だと、次で説明する「手続き」もとても重要です。
情報を記憶するための手続きをしていない
ここまで述べたように、歳をとると「昔よりも記憶力が落ちた」と感じる理由はたくさんあります。
けれど、最大の原因は
「情報を記憶するための手続きをしていない」
これです。
「手続き」とは、脳に情報を定着させるための行為のことです。
具体的には
- 情報を思い出す
- 情報を整理する
などの行為ですね。
学生のときは、定期テストや受験勉強などでこれらの行為をとくに意識せずにおこなっています。
だから物事を記憶できるのです。
記憶の「手続き」に関しては、このサイト内のほかの記事で説明する予定です。
記憶の「認識」と「手続き」が大事
大事なこと2点を整理します。
記憶にかんしてまず理解したいのは
「歳をとっても記憶力は衰えない」という認識です。
これを認識するだけで記憶する力が変わります。
つぎは、何かを記憶するためには
「記憶をうながす手続き」
をすることが大事、という事実です。
そもそも人は忘れるようにできています。
すべてを記憶できてしまう人を想像してください。
- 毎日の食事内容
- 見たテレビの内容
- すれ違った人の顔
- 町の風景
などを完璧に記憶してしまったら、脳がすぐにパンクしてしまいます。
だから人は
- 自分の生命維持に影響があること
- 興味があること
などは覚えますが、そうでない物事は忘れやすいのです。
それでも、できるだけ忘れないように工夫できることはあります。
大人が学ぶときは、この「工夫」が重要になります。
引用・脚注
↑1 | Psychological Science :Reducing the Burden of Stereotype Threat Eliminates Age Differences in Memory Distortion |
---|---|
↑2 | 甲南大学:第1回 「睡眠と記憶について/基本的な睡眠とは」 |
↑3 | 東洋経済:日本が「睡眠不足大国」に転落した3つの事情 |
↑4 | GIGAZINE:慢性的なストレスによるコルチゾールの増加が記憶力や思考力を低下させ脳の収縮まで引き起こす |
↑5 | ライフハッカー:「うつ」で記憶が低下してしまう? その理由とは |
↑6 | NHK:“スマホ脳過労” 記憶力や意欲が低下!? |
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